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ここは、凍結します。

新しい秘密基地に移動。
http://sizno.blogspot.com/

ありがとうございました。
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感覚を取り戻したい。小学生の頃の。
自分が自分と分離して、周りに分散して溶けてしまうような
どんどんと引き伸ばされて、広大な宇宙に放り出されているのに
心細くも悲しくも嬉しくもなくて、一瞬たりとも目は離せないって気分。

忘れたくなかったし、忘れないものだと思っていたけど
見事に忘れてみせたのよ、わたしは。
嫌いなものや許せないものや解せないものがなくちゃ
生きていけない
磨耗して平坦になってしまう
好意も許容も理解もなく、ただ凪いでいる状態が恐ろしい
自分自身に対してさえ無関心になってしまったら
生きていけない
わたしは顔を歪めたと思う。予定調和のように。
彼女は、口を少しだけ開けて目は大きく開いていた。

(しかし、わたしは知っていた)
たぶん、すべてを。
だからこれは予定調和。
確信犯的に、偶然を演出したら、それはもう運命ではないか。

知りすぎていて、知らないことがあるの。
ジェンガの終盤戦みたいな気持ち。

映画館で隣合わせになるなんてシチュエーション
これからいくらでも無数に考えられる。
会わないでいるのは、ただ運がいいだけ。
やっぱりね。どうせそうだろうと思いましたよ。ええ。
もちろん、分かっていましたよ。
あなたが物陰から顔を覗かしていることぐらい。

かれこれ13年間でしょうか?
毎月毎月律儀にお付き合い下さって。
いつか閉じる日まで。これからも。

早くわたしを見捨てて下さいな。
忘れたくないのだと思った。
憎しみでもって
忘却を食い止めようとする程度には。
忘却に対する防御反応なんて
憎しむぐらいしかないじゃないか。
そんな骨の折れることに
身を投じるなんて、あなたタフだよ。
デス・パフォーマンス―倒錯と死のアモク・ジャーナルデス・パフォーマンス―倒錯と死のアモク・ジャーナル
(2000/07)
スチュアート スィージィー、 他

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主観をぎりぎりまで削いで淡々と事実を報告する文体が好きだ。
デス・パフォーマンスを歓待は出来ないけれど
忌々しいとも思わない。ファンタジー視しているのかもしれない。
他者の痛みを持ってして快楽を得る趣向とも違い、とことん
自己完結型だからか、命がけの自慰には、卑しさの欠片もない。
生殖器の生殖機能を無視して無駄打ちしているあたり、かなり爽快でもある。

自慰は超プライベートの部類に入ると思う。他者に見せたいという人は
別にして、ほとんどはひとりきりの楽しみで、ひっそりこっそり耽る
のだろうから、命がけの自慰行為によって命を落とした人が
発見されたときの描写に漂う気まずさは喜劇的で素晴らしい。
秘したところを曝け出したまま死ぬなんて。
これだけ正常に月経を繰り返しておいて、出産しないなんて
何のために毎月毎月精神と身体を崩しているのか意味が分からないじゃんか!!
って気分になるときがある。出産はしたくないし望まないんだけど
「女に生まれてきたからには」出産してみたい好奇心が、頭をよぎる。

子宮だってフル稼働で疲れてしまうので、妊娠期間というのは
大事な静養期間でもあるらしい。ピルを飲んで、人為的に子宮の活動を
休ませる手段もあるらしい。なぜ休ませる必要があるかというと
将来のガンリスクに違いが出てくるから。子宮も疲れてしまうのだ。

腹立たしいぐらい、正常に機能している。わたしは多分、安産型だろう。
正常であればある程、腹立たしい。選択肢から抜けないのが忌々しい。
季節労働が終わった秋から、年末まで、意味の停電が起こった。
ぷっつりと動けなくなった。
平坦な、一枚の紙になった。
今まで鮮やかだったものが、驚く程に味気なく褪せていった。
それについて、冷静に眺めていた自分にも絶望した。
絶望したのに、冷静だった。
朝起きての感想。
親愛なるわたしへ、ありったけの愛を込めて。
なにグダグダ言ってんだよ!!!

さ、仕事
ε=ε=ε=ε=ε=ε=┌( ´ ▽ ` )┘
言語感覚が、多彩に!ならなくてもいいけど
どこまでわたしはわたしの身体に肉薄できるかの挑戦。
言語と声の接続ポイントについて、よく考える。
「スワロウテイル」と「ブレード・ランナー」における
ミクスチャー言語感覚。が欲しい。
もっと、遊びたい。いくつものことばをポケットが
ぱんぱんになるぐらい詰めて、指揮を振るみたく、
空中で繋ぎ合わせたい。
あんたのスラングが全部、音楽になるみたいに!
忘れない程度に、頭の中のファイルでは
前の方に入れてあります。よく眺めています。
たまに手に取ったりもします。
そうして持て余している内に、刻一刻と、
失っていくのでしょう。
それを、どこかで(でも確実に)期待しています。

よく分からない作用が、たくさんあります。
わたしは、こんなにも、(あなたのような)他者との
親密な関係性を求めて止まないのに
それは"困る"と、同時に思うのです。
変容していく事は、自分で自分を把握出来なくなるようで、怖い。
見知らぬ他人よりも見知らぬ自分が、怖い。





だれかが、わたしを脳内検索で引っかけて
「会いたい」と言ってくれると、嬉しい。
逆の立場で「会いたい」と言ったときに
そのだれかも嬉しく思ってくれたら、もっと嬉しい。

そんなわけで、わたしは今、嬉しい。
昨晩の教訓。
ニチョメみたいな街では、目の前の人間を
男か女かに区切ろうとする発想自体が、不毛である。
自分を産んだ人が、自分に向けた、不信に溢れた蔑みの眼を
忘れることが出来ないので
母なるものの一切を受け付けないことにしたのかもしれない。
あの眼の破壊力ときたら。絶対的な拒絶だ。
タチ?ネコ?リバ?どれかに属していないとだめでしょーか。
男同士じゃないんだから、そもそもネコもタチもないじゃーん!
リバならまだしも。
そうゆうのをまず聞かれることが、疑問。
わたしはこれを読まれても困りはしないけど
(ちょっとは照れるけど)
あなたは、これを読んだら困るかもしれないね

お。読書を出来る気がむくむく。まだ小説は無理だけど。
最近買った本。

なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか (講談社現代新書)なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか (講談社現代新書)
(2011/07/15)
想田 和弘

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新作映画「Peace」に合わせて。今日は映画を観てから、この本の出版記念の
トークショーに参加してきた。いい流れ。映画を観る前に、少しだけ読んで
おいたから、説明の補助的な部分で使えた。
なんせ観察映画。一切の説明はないので。なくてもわかるように
問題ないように面白いように、編集でえらい考えて工夫してるんだ。
編集作業っていうのは、一種の洗脳みたいなものだね。気持ち良く巻き込まれてる。
人間の精神の動きを理解しているから、もっとも効果的な手法を、
過度な装飾なしに選ぶ事が出来る。トークショーでは、映画の冒頭映像を
監督の生オーディオコメンタリーで説明してもらえた。ぜひDVD化したら全編に
コメントした特典映像をつけてもらいたい。

疑問や懸念と、いかにして折り合いをつけて打開していくかっていう
試行錯誤も見られて面白い。


ぼくらはそれでも肉を食う―人と動物の奇妙な関係ぼくらはそれでも肉を食う―人と動物の奇妙な関係
(2011/06)
Jr.,Harold A. Herzog、 他

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寿おすすめ。ムツゴロウさんの絵が両面に使われている。
20分以上立ち読みをしたら、その本は買う。ていう、自分ルールに
当てはまったので購入。読みやすい。面白い。
さっき地震あった。わー、わー、わー、と身動きできないまま
収まるのを待ってしまった。いつでも逃げれるようにしていた3月とは大違い。
油断してる。忘れた頃にやってくるね。
でも、同居人、のん気に爆睡していてのどか。
出でよ、自己顕示欲!

溢れろ、承認欲求!

あんまりそればっかりじゃあ、疲れてしまうけど
それがないことには先にも進めないことは
まあ、確かかな。

いい格好しようとするときも、必要なんです。よー。

ちょっと、体内環境清浄化のために、小出しでもモロダシでも何でも
外に向かって出していかなきゃなあ。
どうにも立ち行かないものだと思ってきた。
me

siz

siz
tokyo/ 23 / ♀/mail

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